ハッピーに全力でオタクをしたい一オタクの話


推しが卒業したあの日から一年が過ぎて新しい春が来ました。まさか一年後の今にこんな風にずっと風男塾さんのオタクを続けて楽しく生きているなんて、あの頃の私には想像もできませんでした。

あなたは推しの卒業を経験したことがあるでしょうか。
死んだわけでもないのに大げさな、と思うかもしれませんが、私の推し、浦正くんに私はもう一生会うことができません。
もっと話したいことがたくさんありました、見たい景色がありました。今となっては叶わない夢です。

初めて風男塾さんを見たのはテレビでした。男装レボリューションを見て、なにこのグループ!って気になって、そのあと同じだのパフォーマンスを見て、風男塾さんのキュンキュンさせる部分とアツく心に訴えかけてくる部分の両方を知り、もっと風男塾さんを知りたい!と毎日動画を見ました。

そのうちにzeppでライブをやると知ってFCチケットを買い今までジャニーズのコンサートにしか行ったことがないため何もわからないまま、先行物販の何時間も前についてしまいスタッフさんにびっくりされたりしつつも公式サイリウムを買いライブに参戦しました。

ずっと画面越しに見ていた浦正くんがそこにいた時の衝撃はもう計り知れないものでした。ほんとに生きてる…!と思いながらひたすら見つめてました

サイリウムを買ったので握手にも参加でき、距離感の近さや自分と話してくれてるということにドキドキして、一緒に来てくれた親と帰り道にずっと浦正くんがこういう話してくれたんだ〜とか、太陽みたいなキミがすきで指差ししてくれたよね?!あれ私だったよね?!とか言いながら帰りました。雹が降るくらい寒い日だったのにそれすら忘れるくらいにあったかい気持ちを持って帰ったのを覚えています。

そこから三年間以上浦正くんのオタクを続けたわけですが、人生の中でこんなに好きになった人いない!って思うくらい大大大好きでした。
毎日浦正くんの話しかしないって親に呆れられるどころかだまってと言われるくらいでした。


家族揃って旅行嫌いで家族旅行など滅多にせずに、私に至っては関西からほとんど出たことのない人間だったのに、新幹線に乗ったら耳がおかしくなるのが嫌で名古屋まで単身赴任の父親に会いに行く時にも避けてたぐらいなのに、サンプラザのライブにどうしても行きたい!と毎日毎日頼み込んでなんとか東京に連れて行ってもらって、色んなところをツアーで回るまでになって

昔から字が汚いと言われるのが嫌で、文章を書いたりすることも大の苦手だったのに、毎日のブログやメールにコメント、返信を書き、お手紙もたくさん書きました。

生きていれば誰だってつらいことはたくさんあるけど、推しに会う日まで頑張る!の気持ちで一生懸命頑張ってきました

何より、高3になって将来の夢は何かとか、進路をどうするか、とかそんなことを考えなくてはいけない時期でしたが私はやりたいことなんて何一つなく、とりあえず生きていければいいとぼんやり生きていました。でもそれはきっと自分で人生を切り開いていく勇気がなかっただけで、怖がっていただけでした。
それを変えてくれたのが浦正くんでした。

ステージに立ってパフォーマンスをしてキラキラ輝いている浦正くんを見てキラキラしたものを分けてもらった気持ちになって、握手でお話をして元気をもらって、そんな時間がとても大切でした。

浦正くんが私の全てでした。そうでなければ、苦手をいくつも克服して何度も何度も会いにいくなんてことしなかったしできなかったと思います。

だからこそ、卒業発表が悲しくて受け入れられませんでした。
それを知って、家に帰る電車の中でもずっとずっと泣きました。次の日が来ても、その次の日が来ても、毎日泣いていました。

何週間か経った時にライブがあって、もうすでにチケットも取ってるのに朝家を出られなくて、ギリギリまで行くのやめようって思ってました。一日すぎるごとに卒業に近づいてしまうから。現実だと思いたくないから。
今でもその会場にトラウマがあります。
そこの会場だけじゃなくて色んなところに悲しい思い出が紐付けされていて、そこに立つと全部溢れ出してくるので一年以上経ってもまだまだ克服中です。
ネガティブなので悲しい思い出ばっかりよく覚えている…

そうやって半年を過ごしました。毎日夜になったら泣いて、その日が終わって欲しくないからと無駄に起きてました。ただでさえ眠れないタイプなのにその頃は酷かった…代わりに周りに人がいて安心できる昼に寝てました

そんな中で嬉しかったのは、青推しさんとの団結力がより高まってライブを一緒に見ることが増えたり、思い出作りにたくさん写真を撮ったりできたことです。辛い時には支え合って楽しい時は笑いあって、大切な大切な仲間ができたことです。
他推しの友達も心配してくれて支えてくれて、その時はお返しできる心の余裕が全くなかったので、遅くなっても時間がかかってもいいから恩返ししていきたいと思っています

浦正くんがいなくなって、心に大きな穴が開いたような気持ちになりました。何をしても楽しくない、ご飯を食べても美味しくない、ただただ浦正くんが遠ざかっていくだけの日々、浦正くんを欠いたこの世界にいる意味とは?毎日考えて、消えてしまいたいと思いました。いなくなりたいと思った。

そんな中で行ったのがソラサク大阪でした。


久しぶりに心から楽しいと思えた。存在していたいと思いました。

私が今の風男塾さんが好きで、風男塾さんに感謝しているのはこの時から今までがあるからです。また生きる意味をくれてありがとう、元気や勇気、キラキラした楽しくて幸せな気持ちをくれてありがとう。

こういう気持ちを表に出すことが苦手でずっと隠していたのですが、ラクーアのときにおそらに、浦正くんと一緒に消えてしまおうと思ったけど、おそらに出会えたから消えなくてよかった、と伝えたらその言葉に恥じないように頑張りますって言ってくれました。

こんな素敵な言葉を持ってる人に、心から幸せになってほしい、もっともっと大きいステージに立って、かっこいいキラキラしたアイドルになってほしい。そのときに強くそう思いました。


私は今オタ活するにあたって「自分本位なオタ活をする」と心がけています。

この自分本位、とは、推しに尽くすことではなく、自分が楽しいことを考える、という意味です。もちろん迷惑にならない程度で。
苦しくなるほど無理な全力じゃなくてハッピーな全力を出していく。これがモットーです。

今までたくさん無理をしました。金銭的にも肉体的にも。一番は精神的に。
推しがいなくなる寂しさから心の穴を埋めたくてとにかく駆け抜けていたくて…推しに笑顔でいてほしいから、泣いてるのなんてカッコ悪くて推しに見せられないから、辛い気持ちも悲しい気持ちも全部隠してへらへらと笑って
でも無理したオタ活は長くは続かないし、長く続かないことは推しにとってもマイナスです。
だから、自分本位に幸せに続けられる範囲で長く続けていくことが双方ハッピーになるんだって私は考えています。

でもそれもオタクとしてやってみなきゃわからなかったし、人生の中でどうやって行動していくのか、どんな選択肢を選ぶのか、そういうことに繋がってくることをたくさん学べました。
浦正くんを追いかけて過ごした期間は決して無駄じゃなくて、私の中にしっかりと残っています。

過去のほうがよかったとか今が楽しくないというわけじゃないです。でも、一年以上経った今でもよく浦正くんに会いたいって思います。それでも私の中では少しずつ前を向いて歩いているつもりなのですが、私の中でキラキラした思い出として楽しく振り返れるようになるまではまだまだ時間がかかりそうです。

こうやって落ち込みながら悩みながら生きている私にまで寄り添って引き上げてくれて素敵な言葉をかけてくれるおそらと、いつでも変わらずに照らしてくれてキラキラした笑顔と広い心で待っていてくれる光黄くんに感謝を忘れずに、ハッピーな全力で応援していきたいという話でした。